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未来を誰よりも先に手に入れたいからコメディーをつくる

人間に生まれた本当の理由を知りたいからコメディーをつくる

私という存在が何者なのかをどうしても理解したいからコメディーをつくる

南国の島の透き通った美しい海で泳ぎたいからコメディーをつくる

満月の夜に神に捧げるガムランの響きを身体で感じたいからコメディーをつくる

太陽の恵みを受けたルビー色の葡萄酒で乾杯したいからコメディーをつくる

濡れたパリの街を歩きながらチョコレートのエクレアを口一杯にほおばりたいからコメディーをつくる


…intermission


真夏の太陽を遮る大きな木の下、そよぐ風、流れる雲、小川のせせらぎ、

小鳥のさえずり、子供たちの笑い声、顔の見えない女の膝枕、

聞かせてよ愛の言葉 Parlez-moi d’ amour

愛の言葉が聞きたい …から

私はコメディーをつくる


桑原茂一





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911がなければこの本はなかった。

教授こと坂本龍一殿が「非戦」こそ真の勇気なのだと私に説いてくれなければこの本はなかった。モンティパイソン研究家の須田泰成があなたのやりたいことを世界ではコメディと呼ぶのだと助言してくれなければこの本はなかった。大堀こういちが自分の親戚が南京でしてきた恐ろしい話を私たちに聞かせなければコメディー専門の脚本家集団「難問会」(南京問題を考える会)が生まれることもなかったしこの本はなかった。それぞれの業界でぴか一の阿部祐樹や山名宏和が付き合いも長いことだしともかく書いてやろうじゃないかといって忘れた頃に書いてくれなければこの本はなかった。噂では急激なダイエットに成功して若返った天才CMプランナー高崎卓馬が実は私はコメディーが好きかも知れないといって超過密スケジュールの合間を縫って書いてくれなければこの本はなかった。しかもこれは私も意外だったがパリ在住の古くからの友人ローラン安斉君の紹介で出会った天才脳科学者茂木健一郎殿が実はコメディ通で私が誘惑したとはいえ自ら難問会に参加して楽しんでくれなければ多分この本はなかった。そしてその難問会の脚本を巧みに具現化してくれる素晴らしき俳優たち、天才のO、才女のM、巨星のS、麒麟児のK 、超人のIT、花形のH、器量人のS、逸材のY、奇才のY、漁色のI、淫蕩Y、女誑しのIT、…一癖も二癖もあるみなさまがいなければ本当にこの本はなかった。そして私がこうして不遜にもスタイルのあるコメディなどと見栄を切ることができるのも多くの素晴らしい音楽家&選曲家の仲間がいなければやっぱりこの本はなかった。しかも、うまも、一を聞いて十を知るcck編集組のY,I,N,G,の犬馬の労もさることながら彫心鏤骨の働きで私たちをジェットコースターに乗せてくれたアートディレクターのK、義を見てせざるは勇なきなりのデザイナーのS、表紙のイラストがものすごい特許のデザイナーK(実は今やレアアイテムのブルーフィルムシリーズのジャケット制作にも関わっていたことが発覚)たちがいなければ絶対この本はなかった。もうこれで最後にするが、歌舞伎の英知を記録する使命感に燃えるプレメディア社のTやAのコメディへの直感と橋渡し、それを受け止め「ぴあ」ムックからの出版を一か八か大英断してくれた部長のK様がいなければ結局”この本はなかったことで”でこの本はなかった。しかし、なかったのではなく、911は間違いなくあったのだ。その事実をこれから先も私たちは決して忘れることは出来ない。そして私たちの為すべきことは、笑いで世界を視る。笑いで世界の真実を知る。ことである。それが「桑原茂一のスタイルのあるコメディ」ということなのだ。

桑原茂一

PS、ここで改めてこの本に参加して頂いた皆さんへ、心を込めて感謝を申し上げます。




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<大堀こういち:俳優/脚本家・おひつじ座>
実は、僕は桑原さんって「笑い」がそんなに好きじゃないんじゃないかって思ってる。う〜ん、というか、ロジックのある上品な「笑い」は好きなんだけど、そうじゃないものは好きでもなんでもない、というイメージ。だけど、その反面、すごくライヴな、まったく論理を使ってない「笑い」を本能的におもしろがる一面も持っている。そのバランスが桑原茂一の笑いだろう。僕は、そのバランスを持っているかどうかが、コメディというものがカッコよくなるかどうかの境目だという気がする。そして、やっぱり感覚がサウンドを基準としている。セリフもまず、音としてとらえてますよね。そして音楽と融合させて笑いを作っていく感覚は、他の人にはまねができない。


<小林顕作:俳優・おひつじ座>
桑原さんとは3年ぐらいのつきあいになるんですけど、いちばん印象深いのは最初にスタジオで会ったとき、茂一さんはずっと座布団に座って考え込んでいて、それを見て「そうか、この人が桑原茂一なんだ」って思いました。なんだか、話しかけがたい雰囲気っていうのが最初はずっとあった。「茂一さん」って呼べるようになったのは、2年もしてからでしょうか。僕はスネークマンショーを聞いていた人間なので、そのイメージが強烈にまだあるんですが、茂一さんはそれを壊したがってるっているのがよくわかる。スネークマンショーだけじゃなくて、つねに新しいイメージを求めてますよね。いつもどんどんちがう方向に行って、ちがうものを笑っていたいというのが桑原茂一の笑いだと思います。


<池田鉄洋:俳優・さそり座>
もともとスネークマンショーがすごく好きで、桑原さんは憧れの存在だった。だから初めて会ったときは緊張した。脚本に厳しい注文をつけているのを見て、「この人はただ場を提供するプロデューサーじゃなくて、こだわりのある人なんだな」と思った。最初は恐かった。この人と仕事するのはしんどいぞ、という予感があった。そしてその予感は当たってた。いいものを作るためには遠回りすることを全然いとわない人だから、軽い気持ちではつきあえない。フレンドリーな人なんだけど、いまでも恐さを感じる。茂一さんの求めるものに単純に応えるだけではいけないという気持ちがこちらにも生まれて、たまに反抗したり、生意気言ったりする。スネークマンショーのただのファンだった、あの頃の自分ではいまはないし、茂一さんも当然、変わってる。お互い妥協せず、いつもしんどい思いをしながら楽しんでいる。生意気を言って、いつクビになるかなと思いながらも茂一さんの懐の深さに救われてますが。


<設楽統:バナナマン・おうし座>
バナナマンを結成してすぐに桑原さんとつきあいだした。つきあっているが、いまだHなことはしていない。スネークマンショーのファンだった僕は、桑原茂一と一緒に仕事ができるというだけで、ドキドキ。茂一さんの笑いは、音楽やカルチャーと深く関係していて、僕らが持ってきたお笑い方面からのネタを、そっちと融合してくれることで、またちがうリズムを生む。すごくくだらないネタがお洒落で深くなったりす るのが衝撃的で新鮮。Hはしていないけれども、長年つきあってきて、より深くわかりあえるようになってきているので、これからも一緒に新しい笑いを作りたい。


<日村勇紀:バナナマン・おうし座>
茂一さんと初めて会ってもう7〜8年。僕はスネークマンショーは知らなかったんですよ。そんな僕だから、自信を持って言っちゃいますが、いまの若手のお笑いで、茂一さんとちゃんと一緒にやれるのはバナナマンしかいません! 茂一さんに認められるということは、これはもう芸人としては成功したも同然なんで、自信持ってます。あと、これは内緒ですけど、僕らはもちろん茂一さんが好きなんですけど、実は茂一 さんはそれ以上に僕らのことを好きなんじゃないかなあと思ってますね。ところで、茂一さんってお洒落じゃないですか。僕らは全然お洒落じゃない人間のはずなんですが、なぜか茂一さんとつきあいだして以降、いろんな人からバナナマンはお洒落だと言われるようになりました。得してます。


<長井秀和:タレント・やぎ座>
桑原さんの笑いとは何かと言われたら、一言、「格好悪い事はしない」という事だと思います。
桑原さんは、笑いを作っているという意識はないと思います。
面白い事を作っているという意識でしょう。


<ピーター・バラカン:ブロードキャスター・しし座>
60年代のイギリスのコメディと共に育ったぼくにとって笑いはタブーを破るものでなければ今一つ面白くないのですが、タブーだらけの日本でその役割を見事に果たしたのがスネークマン・ショウでした。バカバカしさと危なさのバランスが絶妙でしたね。笑いの質がどん底に陥っている今の日本に必要なのが、やはり正義と真実の桑原茂一.....。


<高崎卓馬:コピーライター:天秤座>
クワハラモイチに僕が感染したのは、シャシの耳の頃だった。スネークマンショーで鍛えてあったにも関わらず、無防備で無邪気で平凡な青年だった僕はあっけなく感染した。キャリアとなって世の中をみつめ直すと、全く違って見えるから不思議だ。わかりやすく言うと正直者になる。馬鹿に馬鹿といってしまったりする。そのせいで僕の人生は3ミリはズレた。現時点の3ミリは将来どのくらいになってしまうのか、僕は不安でちゃんと眠れない。クワハラモイチのせいである。


<大竹まこと:俳優:双子座>
いとうせいこう・中村有志・竹中直人・そして私達シティボーイズは、時代の先端にある原宿のライブハウス、クラブDの舞台に立とうとしていた。もちろん、我々をプロデュースしたのは、桑原茂一さんで、彼はその前にスネークマンショーを世に送り出していた。
私は、時代の矢面に立たされる恐怖、地下の楽屋に忍び込む冷気も手伝って、確か震えていたと思う。


<きたろう:俳優:乙女座>
茂一さんとは、最近下北沢の小劇場で偶然会う機会が多い。鋭いアンテナを持ってニコニコと物静かな感じは25年前の昔と全く変わっていません。
私は茂一さんと会うと、高貴な公家様が下界に降りて来たような印象を受けます。笑いの質、品格という問いに関して、とことん語り合いたい一人です。
「笑いの完璧主義」が茂一さんにはあるような気がします。
私のいい加減さとぶつかる日を楽しみにしています。


<斉木しげる:俳優:さそり座>
田舎者の私にとって茂一氏のFirst Impressionは実にセレブな若君であった。
理解不可能なglovalな音楽センス、常に黒のスーツをビシッとLONDON風? に決め彼の友人、知人達の集いたるや、魑魅魍魎の群れとみまごうばかり。
そして、ふと、いつのまにか、私達の目の前から姿を消すや突如としてあらわれたり。そうだ、彼と初めて食事をしたのが、原宿で当時としては目新しい、稲庭うどんだった。1人前、千円を超す豪華な物だったが当然貧乏人の私としては彼の奢りかと期待 したのだがあっさり割りカンだったのが今だに心に残っています。


<山崎一:俳優:乙女座>
桑原さんとはじめて仕事をさせてもらったのは「ブルーフィルム」というCDですからもう10年近く前になりますか。桑原さんは普段は物静かな紳士って感じなんですが、こと仕事に関しては妥協を許さない方でしかもかなり集中力の高い方なので演じる方はかなり大変でしたよ。ひとつのコントを作るのに狭いブースに何時間も缶詰めになるなんてことはざらでした。しかも食事抜きで!でもまあ出来上がりを聴くと納 得しちゃったりするんですよこれが。


<椹木野衣:美術評論家:かに座>
ああいう笑いが、ラジオやレコードを通じてある種の公共性を持ちうるということに、当時、高校生だったぼくはショックを受けました。そして希望も。


<清水ミチコ:タレント:水がめ座>
桑原茂一との思い出
桑原さんは、アメリカンコミックの主役の男の子顔をしながら、日本の笑いにこだわってる、エライ人です。なかなか彼のようにずーっと長く続ける事はできないもんですよ。2月に、私も久々にお笑いのCDを出すのですが、これもできあがったら、ぜひ桑原さんに聞いてもらいたい。先駆者として、御指導御鞭撻のほど、よろしくお願いしたい、と願いたい方であります。


<仲畑貴志:コピーライター:しし座> 1978年、スネークマンショウのスタイルでソニーのラジオコマーシャルをこさえた。もちろん茂一氏の協力を得た。その後すぐ、ラジオ用ショートドラマの脚本を、彼から依頼された。制作費が少なかったので小林克也、伊武雅刀といったスタァでさえサウンドエフェクトを手伝った。出前コーヒーのスプーンにハンカチを巻いてテーブルを叩き、ドアのノック音を作ったりした。金は無かったが日々エキサイティングだった。


<松尾貴史:タレント:おうし座>
日本の笑いに知性を持ち込んだ功労者が「タモリ」だとすれば、
日本の笑いにスタイルを定着させた功労者は「桑原茂一」という事もできよう。

戦争を憎み、権威をこき下ろす痛快なスタイルは、
この四半世紀にわたってスタイリッシュな客層に支持され続けた。

その中には、「戦争を心から憎んでいる者」も、
「戦争を憎んでいる自分が好きな者」も含まれるだろうが。

「醜いものを愛する」というスタイルをとっているように見せて、
「実は心底憎んでいるのではないか」と勘ぐらせるその手法は、
時として数多い誤解も生んだのではないだろうかと老婆心も湧く。

表現手法のリアリティと、巧妙なイメージの裏切り、 そして「笑いとはこうあるべきだ」という常識の破壊によって、彼はほくそ笑む。笑いの錬金術によって、怒りや悲しみを笑いと喜びに変身させる。

戦争自体が馬鹿馬鹿しいものであることを笑い飛ばそうとすると、「笑いの読解力」がない、感覚の膠着した人々によって「戦争を笑いものにするな」と圧力がかかるが、
桑原氏は、その負の力さえも自身のエネルギーに変換して君臨するのである。

私はこの希有な存在を恐らく一生敬愛し続けるし、彼を「敬愛している自分が好き」という事もいえよう。
そういう者達が、彼のもくろみを達成させるために、今日もそこへ集う。
出動要請もないままに、「KING」への忠誠心を捧げる者達が。


<山名宏和:放送作家:おうし座>
茂一さんはコントの脚本にも『音楽』を求める。時々、脚本を読んで「どうすれば面白くできるか分からない」と言われることがあるが、それはその脚本から『音楽』が聴こえないからではないかと思う。と、これで終わるのも何なので、実は茂一さんは意外と「ちんこネタ」もお好きだということを書き添えておくちんこ。


<藤井千夏:俳優:おうし座>
元気ですかー!イロトリドリですかー??あたくしのイメージする茂一さんは「おもしろに純粋な方」。その「おもしろ」は、「fun」でもあり「interesting」でもあります。初めてお逢いしたのは伊武雅刀さんとのCD「ラジオヘブン」の録音でした。同時期、あたくしは小林克也さんのラジオ番組に参加しており、実に刺激的な現場を行き来していたことを記憶しております。その後、「ブルーフィルム」「大帝国劇場」「シャシの耳」などなど様々な作品に参加させていただきました。特筆するは「ピエールとカトリーヌ」のカトリーヌを唄わせて貰ったこと。実にくだらなく真剣でエッチでオシャレ、おもしろかった。そう、茂一さんはいつもそんな現場を作ってくれます。いろんな方といろんな場面、いろんなカタチでいろんな出会いを作ってくれる方。彩り豊かな、イロトリドリ。きっとこれからもシンのあるイロトリドリをおもしろがるんじゃないかしらんと思っています。それはとってもステキ。。。ではでは、元気でポックリ(シュタッ/敬礼)!!


<須田泰成:コメディ研究家:やぎ座>
茂一さんとの思い出といえば、9.11から半年くらいたった頃、地元・経堂の飲み屋でコメディの話をしたことが印象深いです。
実は、それまでぼくは、茂一さんと一対一で話したことがなかったんですね。いろいろ話をするうちに、話題は、テロ以降の世界のことに。
「こんな時こそコメディじゃないか」とか「コメディ・クラブという街をベースにしたメディアが面白い。あのモンティ・パイソンの流れもロンドン市内のソーホーのグリーク通りの洗濯屋跡地のたった一軒のコメディ・クラブからはじまった」とか言った話題で盛り上がりました。で、家に帰ってからあらためて思ったのは、茂一さんが、ぼくよりも二回りも年上だったってこと。多くの人が定年を視野に入れて残りの人生を考え始める年齢になって、まだ現役でコメディと理想を同時に語る人がいることに驚いたのを覚えています。


<斉藤由多加:ゲームデザイナー:天秤座>
スネークマンショウからコメディクラブキングシリーズにいたるまで、桑原作品の中核をなすのはいわゆる社会風刺だと理解されがちです。が、桑原作品の魔力というのは、僕はむしろそういうこむずかしい理屈をすべて排するからこそ出来うる、サウンド追求の結果ではないかと思います。というのも、三流ギャグ作品のように一度オチを知ってしまったら用済み、といったものとはまるで違うものがそこにはあって、理屈がすっぽりと抜け落ちてしまっているかわりとしてそこに出現するのは、上質な音楽と役者たちによって構成された異次元空間だと思うからです。桑原作品が何度も何度も繰り返し体験したいという麻薬的な中毒性をもちはじめる理由はこれです。

桑原氏は、スタジオでは役者の声の心地よさ、セリフの気持ちよさを優先し、用意された台本は平然と無視される。現場をともにした人は、台本と完成形とのギャップに彼の魔力を目の当たりにするわけです。氏の芸術性の中核はまさにここにあって、それらに触れられる事こそが、横行する陳腐化された商業作品の中に身を置くものとして桑原氏と仕事をする者の最大の喜びだと思います。


<YOU:タレント:乙女座>
茂一様宛て
 かれこれ20年とか……お世話になって。20才そこそこの私の周りのお洒落先輩達のお一人で。そりゃ派手な大人達がいつもいるんですよ、クラブやレストランやバーやら。なんの目的もなくてね、あたしなんかフラフラしてましたけど、今思うとね、茂一さん始め、彼等の話し方、話す事、こだわり、帰り方、居方、つながり、かなりジーっと見てたなぁ(笑)って。それね、具体的にはわかんないんですけど、絶対、今自分でやってると思う時あるんですもん。とにかく恵まれてたから。周りの人々に。茂一さんのメガネの笑顔が大好きです。今でもお会いすると、必ず声をかけてくれて。私達が生きやすいのは、ほんと、茂一さん達先輩最良不良がいてくれたからなんです。尊敬してます。下に、つながなきゃ、ですね! YOU  
 

<古川裕也:CREATIVE DIRECTOR :おうし座>
ピカソは言っている。“僕にはこう見えるんだよ。”

20世紀で最も重要なコトバで、すべての表現行為の可能性を高めた。

ピカソが歴史上いちばん意味のある人間になった瞬間である。

彼の特質は、驚くべきまじめさと純粋さにある。

日本では桑原茂一がこう言っている。

“僕にはこう聞こえるんだよ。”


<高橋幸宏:音楽家:ふたご座>
茂一君と初めて会ったのは’70年代初頭、僕がまだサディスティック・ミカ・バンドに在籍していた頃だった。
その初対面の時から彼の印象は今と変らない。
本格的なお付き合いが始まったのは、その数年後、もうY.M.O.を結成してからのこと。スネークマン・ショウをはじめ、彼との仕事はどれも素晴らしく、楽しく、そして、いい意味でとてもシビアだった。彼の持つ笑いに対する繊細な執着心と類いまれなプ ロデュース能力は皆さん御存知のとおり。
いつまでも変ることなく、一見ゆるゆるのあの独特な感性と相反した妥協のない鋭いこだわりを持ち続けてください。
ずっと期待しています。


<吹越満:俳優:みずがめ座>
茂一さん、愛してまあ〜す。
だって、このオレに歌うたわせんだもの。オレ・歌・下手よ
『とん平のヘイ・ユウ・ブルース』
これを歌えるのは、フキコシ君しかいない! と言ったとか、言わなかったとかで、モワハラクイチかよ〜!!! え? 何でオレなんだろって一瞬思わなくもなかったけどやるやるって。
引き受けてみたら、歌ってないじゃん、とん平。
ずーと叫んでんの。
その次は、テンプターズの『今日を生きよう』ね。
「じゃあ、満員電車の中ででうんこ我慢してる人みたいに歌ってみようか」って、いい声で茂一さん演出。
「はい、わかりました」って、オレ、もう、本当に真剣にうんこガマン歌唱すんだけど、「んーやっぱり違うね」だって。
オレのうんこのガマンのし方が違ったのか、茂一さんが自分の演出が違ったって思ったのか、どっちだったのでしょう。


<広田レオナ:俳優:うお座>
茂一さんとの思い出
テレビでは「革命舞踏会」「大帝国劇場」やりましたね。
今観ても、すっごくオシャレで新しい。茂一さんってまったく妥協しないから、スタッフもキャストも大変で……
私にとってはそれも含めておもしろかったんですけど。
CDも作りましたねぇ。「ブルーフィルム」。
「危ない女」の声で吹越さんが私に落ちていったんだと思います。
「ブルーフィルム3」では事務所(今と違うところ)にバレたら殺されるので、わざわざ『東のうさぎ』とゆー偽名を使って仕事をしましたね。あの時、どこのレコーディングスタジオだったでしょうか? 時間が遅くなったのでスタジオの空調が切れてしまい、でもすごくせまいその空間で山崎一さんと2人、茂一さんがOKだすまでエッチな声を「ハァハァハァハァ」やっていたら酸素がなくなってきて、苦しくて気が遠くなってきて、目の前が暗くなってきたのであわてて脱出したのを覚えているでしょうか? 絶対、忘れてると思います。
もしかしたら死んでたかもしれないのに。


<阿部祐樹:コピーライター:おうし座>
笑いはファッションであり、笑いは本能である。僕は勝手に茂一さんの笑いをそう決めつけている。言いかえれば、挑戦であり先端であり、怨念であり欲望なのだ。打ち合わせの茂一さんに、戦略やコンセプトの類はない(笑)。ワハハハ笑い、ウーンと悩んでいるだけだ。ただし茂一さんの意識の奥底ではつねに何をやりたいかが渦巻いている。そこがどのへんかを想像しつつ僕らはただもう、ひたすら書いて書いて書くしかないのだ。たぶん今この時間も、茂一さんは「笑い」と格闘している。ワハハハ笑い、ウーンと悩みながら。


<リリー・フランキー:イラストレーター/コラムニスト: 蠍座>
 それまでは、どんな「笑い」というものに触れてもさほど心動くことはなかったけれど、茂一さんの作るものを耳にして、茂一さんに実際お会いして、「笑い」って何よりもカッコいいものを内包してるんじゃないの? って思ったボクです。
 桑原茂一という人がいなかったら、ボクは今でも「笑い」というものを勘違いしたまま生きていたのだと思います。
 尊敬という言葉は笑えないけど、まぁ、そんな感情なのです。


<峯村リエ:俳優:おひつじ座>
「桑原さんとの思い出」
美味しいワインとチーズ。そしてバカエロティックな言葉達が常に私と茂一さんの間にありましたね。 茂一さんとの甘い甘い日々を振り返るといつもそこに浮かぶ「バカエロティック」の文字。
ああん、素敵。


<細野晴臣:音楽家:蟹座>
世界に飛び出したのはY.M.O.だけではなかった。スネークマンショウのシニカルな笑いこそ、人々を驚かせたにちがいない。日本人は面白い…、そんな笑いの外交は後にも先にもスネークマンショウだけだったと思う。そんな計り知れないパワーを持った笑いを創造した男、桑原茂一。不思議なほどナイーヴなんだ。


<坂本龍一:音楽家:山羊座>
ぼくたちはなんてひねくれてるんだろう。
愛に飢えているのに容易には愛を受け入れず、 誇り高いのにそれを表すにはシャイすぎる。
そんなひねくれた人間たちも笑わずにはいられない 「何か」を桑原茂一は確立してみせた。それはそれ以前には存在していなかった。